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3月4月は別れと出会いの季節ですね。

我がエンジェル幼稚舎も卒園と入園という大きな節目を迎えました。
開設以降初めてのプログラム完了による卒園児童を出すことができ、寂しいながらも嬉しさでいっぱいです。

卒園する子どもたちも自分がエンジェル幼稚舎を卒園することを、意味が分からぬまでも気が付き、そわそわしたり急に泣き出したり、いつもしないことをしたりして卒園までの数か月はいつも以上に騒がしい状態が続きました。

月ぎめの保育日数が違うため、3月30日と31日の2日に渡り、無事卒園式をおこない、小さな子どもたちの人生初めての旅立ちを見守ることができました。今まで、転勤などご家庭の事情でやむを得ず退園していった園児達もいましたが、今回は全てのプログラムを終了しての卒園する子がいますし、一気に多くの子が卒園することもあり、感動と寂しさがひとしおでした。

卒園する前に、次に通う保育園(新設の保育園)の見学をしてきた子に、どうだった?と聞いたら、

「新しかった…、でも…、からっぽだった」

と答えました。

じわっと熱いものが胸をこみあげてきました。
その子にとって新しい保育園にはなんの思い出はなく「からっぽ」で、ここにはいっぱいつまっているのでしょう。たくさんの思い出がいっぱいある場所、離れたくない場所…、そう思ってくれたのかなと思うと胸がいっぱいになりました。

でも、いつまでもここにいてはいけないのです。いくら居心地良くても、いずれはここから巣立ち、成長と共に次のステージへ踏み出していかなければならないのです。そして、新しい「からっぽ」の場所を自分で「からっぽ」ではなくしていくことが必要なのです。大丈夫、ここで「生きる力」を多く学んだ卒園生はきっと賢くも力強く、これからを歩くことができると信じています。

エンジェル幼稚舎の最後の最後のプログラム「旅立ち」を笑顔ですすめていくために、我々スタッフは、毎日毎日を変わることなく、たとえ卒園の日であっても「いつもと変わりなく」を胸に卒園児童を送り出しました。子どもたちの前では涙を見せずに、といきたかったのですが、最後の日はやはり難しいものですね。卒園する子の顔を見るとたくさんの思い出があふれ出してきて、涙を堪えるのが大変でした。

夜に全ての児童が帰り、誰もいなくなった保育室を眺め、こんなに寒かったかな、と改めて子どもの発する熱気がなくなったことの寂しさを痛感しました。おもちゃひとつひとつ手に取り、これはあの子のお気に入り、これはあの子が新しい遊びを発明したもの、などと多くの思い出が涙と共に流れ出してきました。「笑え、泣くぐらいなら笑うんだよ」と最後の最後に子どもたちに伝えたことを自分に何度も何度も言い続けました。

4月1日からは、新入園児童の慣らし保育が始まりました。まだ送迎も本格的には始まらないので、今までの慌ただしい送迎と比べるとゆったりしたものでした。いつもの癖で時計を眺めると、この時間はあの子を迎えに行っていたな…今は新しい保育園かな、幼稚園に行った子もいるな、などと思い、新しいところで泣いてないよね…、と心配してしまったりもします。ああ、もうあの子たちを迎えに行くことはないんだな…、と一抹の寂しさが吹き抜けると、在園の子たちが妙に甘えてきたりします。不思議なものです。この子たちも今まで一緒だったお友達が来ないことを寂しく思っていることでしょう。

新しく入園する児童は、個性もさまざまで、すぐに馴染もうとする子もいれば、泣いてばかりの子もいます。まだまだ1歳そこそこの子どもが、家とは全然違う環境にいるのですから、泣いて当たり前。一生懸命我慢して泣かないように、見かけは楽しそうにしていた子も、お迎え前には我慢できずに号泣してしまう子もいます。それでいいのです。すぐに馴染まずとも、いずれこの場所が自分のもうひとつの家であり、学び舎であると理解できるでしょう。今はまだ新入園児にとって「からっぽ」な場所なのです。この子たちが卒園するまでに「からっぽ」な場所にひとつひとつ大切な思い出で埋めていってくれたら嬉しいなと思います。


卒園したみんな!

大切な、大切な思い出をありがとう!!
こんなに小さな星の小さな小さな日本の上で、今、一緒に居るみんなは、離れ離れになっても、いつも、地球でつながって、手を繋いでいるから、一人じゃないよ。ママもパパもお友達もいつも一緒に居るんだよ。寂しい時は悲しい時は、空に向かって、地球に向かって、叫んでみてね、きっと、みんなの心に届くから!

入園したみんな!

ようこそエンジェル幼稚舎へ!
ここは、みんなのもうひとつのお家だよ!
みんなひとつの家族として、たくさんの思い出でこの場所を「いっぱい」にするよ!

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2015.04.05 Sun l 幼児教育 l コメント (0) トラックバック (0) l top
チューリップの花が「黄色になった!」「赤だった!」と2歳児より、昨年秋に自身で植えて、持ち帰った球根が花開いたと伺う事が出来、春の訪れを感じた今年の春でしたが、1月より、保育室を拡大し、定員11名とした事で、更に多忙となった為、ブログの更新が1年ほど出来ない状態が続きました。

さて、今年の2月は2回も大雪があり、子供達は、慣れない残雪に手を触れ、その冷たさに色々な表情を見せてくれました。また、大雪と共に、口コミ・ご紹介とインターネット検索でのご入園のお問い合わせとご入園ご希望が大雪の様に押し寄せた今年の新春に、対応と資料作成郵送に忙殺された1・2月でもありました・・・。

3月は、更に沢山の問い合わせと、第2週の土日に数回に分けて説明会・選考会を執り行い、2名募集の所、31名のお子様とそのご両親が入れ替わり立ちかわりお越しになり、初めて、保育室がいっぱいになり、園の前は、自転車でいっぱいになりました。選考の結果、翌週ご契約を済まされ、新しいお友達が増える事になりました。後は、ご兄弟妹入園です。また、直前までエンジェルに残るか、悩まれた方が3月中旬に卒園される事になり、そして、新しいサポートスタッフが6名増え、一番事故の起きやすい夕方から帰園の時間帯に手厚いサポートをさせて頂く新たな園の春の出発を4月に迎える事となりました。
 
また、上のお子様がエンジェル幼稚舎へ通園され始めてからご懐妊されたお母様も次々とご出産されて、「子宝園」と自称したくなるくらい、この少子化の社会と無縁な空間となって居る事は、自然な流れに添った事業をさせて頂いていると感じて居ります。

多忙を極めている中、週1~週5日コースと、お母様方のご都合に併せての保育を承っている関係で、保育参観が難しい為、園の生活の一部をご紹介したDVDを用意致しました。園では、独自に毎日(保育日)午前と午後の(2~3枚の)写真付きメールでのご報告をさせて頂いて居り、これが(通常の保育園では数行の文字での連絡のみの為)大変好評頂いて居りますが、静止画より更に動画の方が、言葉の説明が必要なく、園での生活を覗けるので好評を頂きました。

現在、6ヶ月の園児が1名、1歳5~10ヶ月が5名、2歳4~9ヶ月が8名と、イヤイヤ期のお子様が大半となって参りました。毎日違う組み合わせで保育させて頂いて居りますが、2歳前後から始まるイヤイヤ期は、育児する者、保育する者にとって、厄介なことです。1歳前後のイヤイヤ期は、言葉がハッキリしていない分、泣き叫ぶ・行動で現すなど、殆ど闘いの様な状況となります。

さっきまで、「**じゃなきゃダメ!」と言っていたのが、一瞬で「**なんかイヤ!」と変わり、大泣きをしたり、ひっくり返ったり、もう、手に負えません。

しかし、見方を変えると、「成長の一段階」=「自分の意志を見つけた証拠」と考え、上手にやり過ごす事が大切になる時期でもあります。

ご自宅でも手を焼いているお子様が10~11名いるのですから、それはそれは、園でも不機嫌パニックに次から次へとお子様がなり、ホッとする暇もない感じです。(ビデオ撮影をしたのは、その部分が無かった時だけです。)ワガママが通らないからと、2時間泣き続けるお子様もいらっしゃいますが、その後、学習します。園では、泣いてもダメなんだと。

園では、大泣きして、ひっくり返っているお子様は、自分で収まるまで、そのままにします。(遠回りな様で、実は、お利口な子にさせる一番の近道です)ここで、アタフタと泣き止む様に手を替え、品を替えすると、子供の思うツボで、「泣いてひっくり返れば、言う事を聞いてもらえる」と学習してしまい、何かというと、大泣きしてみて、泣き方を変えてみて、大人の顔色が変わるのをチラ見で確認しながら、自分の欲求段階に応じて、泣き方や暴れ方やひっくり返り方を学んでしまい、「わがままな性格」(全てを自分の思う通りに動かそうとする性格)が助長されてしまう為です。

そして、2歳前後となると、「泣き止む」という事も出来る様になるので、「泣き止んだら=褒める・頭を撫でる」「泣き止んだら、どうしてそうするのか確認する(愛情が足りない場合には、抱きしめる)=分からないと思わず、ゆっくりな口調で、そうしてはいけない事を教える」「お利口に、こちらの要求に応えたら、褒めて、子供の要求も聞く」くらいのスタンスで「忍耐力を養う事」を取り組んでいます。それは、根気がいる仕事な上、危険な時期なので、一瞬も目を離せない時期でもあります。ワザと困る事をしたがり、ダメと言った事をしたがるのも、この時期の特徴です。

「お腹が空けば食べる」くらいのユトリを持って、無理に食べないというものを食べさせたり、時間を掛けて説得したり、怒ったりして、お食事の時間が楽しくないものになる事を避ける様にし、ムラ食べの時期だから、仕方ないと考える様に思考転換をします。動物の本能の一つなので、食欲と睡眠欲は、食べたくなれば食べるし、眠たくなれば眠ります。それが上手く行かなければ、機嫌悪く大泣きします。飢餓状態の地域や時代では起こらない事なので、飽食の豊かな時代と場所で起きる事象と、水分補給を怠らない様にだけ気をつけて、食べたら、大げさに褒める、全部食べたら、ご褒美をあげる様にすると、よく食べます。(園では、ピカピカ賞といいます。)

また、スプーンやフォークに飛行機や自動車のシールをつけて、お口に運ぶと、意外に食べます。食べない時は、明るめの童謡を笑顔で歌います。歌いながら、お口に運ぶと、意外に食べます。子供達は楽しい事、褒められる事が大好きです。

この世の中は、自分の思う通りにばかりは動かないのだ、でも、自分の気持ちをチャンと聞いて受け止めてくれる大人が居ると知る事が、この時期のお子様にとって、大切な勉強となります。

自分の言う事を聞いてくれて、注意しないでいる大人(以後、前者)の傍に居たがるのもこの時期ですが、それは、「決して尊敬して好きで傍にいる」のではなく、自分のいう事を聞いてくれる者と下に観る事になり、悪くいえば、「馬鹿にしている」のです。なので、平気で、足の裏をその大人の身体に乗せます。子供はキチンと観ていて、してはいけない事を注意して教え、出来た時に褒めてくれて、抱きしめて愛情をくれる大人(以後、後者)を本当の意味で「尊敬して好き」でいます。どちらの言う事を聞くかといえば、後者の者の言う事を良く聞き、泣いた時に、前者の者の所へ逃げます。大人は勘違いして、傍に居たがり、甘える事で、自分が好かれていると思ってしまいます。前者が甘やかしで、後者が正しい親や教育者としての大人のあり方なのです。

イヤイヤ期の上手な乗り切り方は、「してはいけない事は譲らず、あきらめず、根気よく教え、出来た時にウンと褒めて、抱きしめてあげて、尊敬して好かれる大人になる事」で、良い関係を築く事が大切な取り組みとなります。

2014.05.24 Sat l 幼児教育 l コメント (0) トラックバック (0) l top
併設させて頂いた保育園は、春にピークを迎え、入園希望者多数の為、定員を6名から、ギリギリ8名まで増員届け出をし、必要性の高い方から、ご契約ご入園頂き何と、こんな小さな家庭的保育で待機の方が出来てしまいました。5月末で開園8ヶ月になりますが、定員いっぱいで賑わって居ります。

一人でも多くの小さなお子様を抱えるお母様と小さな天使達のお役に立ちたいのですが、自宅の1階とサンルームと庭を使った園は、お迎え出来る人数には限りがあり、手厚い保育をさせて頂くには、限界がある事を痛感致して居ります。

3・4・5月と、とにかく忙しく、ブログの更新まで手が回りませんでした。

朝は7時から、夜は11時まで、保育希望があり、お泊りの希望も多々あります。もちろん、この時間帯では、認可認証保育園では対応が出来ないので、お母様方からも、とても喜ばれ、嬉しい限りです。


さて、本題です。


4月からご入園頂いたお子様も含め、現在1歳~1歳8ヶ月のお子様が通園されて居りますが、その能力の素晴らしさに、毎日感動を致して居ります。


4月から入園されたお子様は、毎日泣きました。「ママ」と泣くのです。泣いているので、在園児が楽しく遊んでいるのを見る事も出来ません。しかし、在園児は、冷静に新入園児を観ていて、ある日を境に、在園児が、泣きだした子の手を取り、一緒に歩こう、踊ろうと誘いだしたのです。保育士がそう導いた訳ではありません。そうすると、在園児達が集まってきて、泣いている子の頭を撫でたり、まだ、はっきり分からない宇宙語の様な話しっぷりで慰めて励ましているのです。


この社会性は、正直、驚かされるものがありました。年齢的に平行遊び(一緒に同じ遊びをしているけれど、一緒には遊ばず、それでも、本人達は、一緒に遊んだと思っている時期)の時期なので、ここまで、精神年齢が発達しているとは気が付かずに、感動すら覚え、思わずカメラのシャッターをきりました。


遊びの段階には、①見ている→②援助を受けて遊ぶ→③一人遊び→④並行遊び→⑤連合遊び→⑥ルールのある協力遊びと進みますが、1歳の我が在園児達は、⑥まで出来ている事が多いのです。

確かに「英才教育」をうたって、日々カリキュラムに沿って、色々な働きかけをさせて頂いて居り、乳幼児精神発達診断法では、IQ145以上のお子様が春には搬出されていますが、「悲しんでいるお友達を思いやり、励まし、慰める」=優しさという精神発達までは、期待していない自分達がいました。何故なら、一番高等な精神発達と考えるからです。年齢的に「自己中心的」な精神が当たり前と思っていた自分達を恥ずかしいとさえ、思いました。

1歳児の能力の素晴らしさは、そればかりではありません。

その仲間意識は、ギャングエイジとも捉えられる行動で、皆、友達と遊ぶ事を楽しみに登園しているのです。そして、宇宙語とも思える言葉で会話が成立し、首を振って顔を見合わせ、それは嬉しそうに微笑みあうのです。また、女の子は男の子を、男の子は女の子を「好き」という感情を持ち、小さな恋のメロディ的なドラマが起こっています。その中でも、真っ直ぐに気持ちをぶつける子、一緒にいるだけで嬉しがっている子、気が多い子、一途な子、それはそれは、毎日が楽しくなってしまう状態です。観ている私達が恥ずかしくなったり、頑張れ~と応援したくなる事も多々あります。

1歳児は、本当に侮れません。言葉はハッキリしていなくても、こちらの言う事や思う事や喜怒哀楽は、良く分かっています。そして、真似します。そして、大人が思っているより、ずっと、高い精神能力を持っています。

私どもも、生き方、考え方を見直し、お手本になる様な言動行動をしようと考えさせられるこの頃です。


2013.05.29 Wed l 幼児教育 l コメント (0) トラックバック (0) l top
我が幼稚舎が開園してから4カ月がたとうとしています。

預かるお子さまも徐々に増え、今月は問い合わせなどが多く、対応に手が回っておりません。申し訳ありません。

さて、日々ちびっ子と接していると、いろんな事に気づかされる事が多いです。

よく、0歳から2歳ぐらいまでの子どもは、言葉もしゃべる事ができないし、何もわかっていないという方がいますが、私はそうは思いません。大人が思っている以上に、いろんな情報を取り入れ、自分なりに判断していると思います。こちらが言う事もほとんどわかっているのではと思うぐらいです。

我が幼稚舎は、お子さまの送迎をします。保育園では珍しいそうですが、少人数だからできるサービスです。いつもだいたい送りの子が2~3名一緒になります。ある日、いつも2番目に送る子がご家庭の事情でいつもよりも遅い時間を希望されました。いつも3番目に送る子を2番目にしてまわってきてちょうどいい時間でした。

さて、3人の園児を乗せ出発しました。1人目まではいつもの道順です。でも次から道が違う事になります。するといつも2番目に送っている子が泣きだしたのです。自分の家にいかないとわかったのでしょう。

正直驚きました。

「ごめんね~、今日は○○ちゃんの家に行ってから、お家に行くからね~」となだめたのですが、泣きやみません。しかたなく、お家の都合のことなど細かに、大人に話すように言って聞かせたら、納得できない顔をしながらも泣きやみました。

私は、この子が大人のように道を全て覚えているとか、私が説明した言葉を一言一句全て理解しているとかいう気は毛頭ありません。ただ、ある領域までは理解できているとしか考えられないと思ってます。

子どもの能力はあなどれません。しかもものすごい勢いで成長していきますから、その吸収速度といったらとてつもないことでしょう。

大人になって幼児期の記憶がほとんどない人が多いと思います。私もかろうじて記憶にあるのは、4歳ぐらいからでしょうか。これは私の私的仮説ですが、幼少期の記憶がないのは、そうしないとパンクするぐらいの情報量をこの時期に得るからだと思います。認識や言語などのベースはこの時期にできるわけですから。

我が幼稚舎では、園児の日頃の様子を毎日2回、写真付きのメールで保護者の皆さまに送っています。そのメールは記録し、連絡帳としての機能もあります。これがけっこう保護者の皆さまに、その日の様子が良くわかると好評です。連絡帳としてまとめている過去の写真を振り返ると、こんなに小さかったのか、まだ赤ちゃんだね、などとその成長ぶりに驚かされます。

たった数カ月でものすごい変化があるのだなと改めて感心します。



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2013.02.18 Mon l 幼児教育 l コメント (0) トラックバック (0) l top
大阪の体罰があった学校で、部活動の無期限停止や体育科への入試の中止要請など、どう考えてもおかしなことが起きているようで、大人の良識を疑います。

今回、問題になったのは指導した教師のはずで、彼らを含めた管理職、教育委員会への懲罰はあっても、生徒を巻き込む処分は必要ないはずです。

どうしてこのようなことがまかり通るのか、理解に苦しみます。

大人の都合で子どもを犠牲にする事はあってはならない事だと思います。


それと、テレビのニュースなどで記者会見する校長先生の様子が何とも歯切れが悪く、どうなってるんだこの学校?などと言う思いでニュースをみる方も多いと思います。

校長先生を擁護するわけではないのですが、裏事情を知るものとしては、校長先生に少しばかり同情してしまいます。

実は、全国大会へ行く部活動の指導先生と校長先生には微妙な関係があります。

全国大会へ行くような指導をする教師は、ひとたび学校の外に出れば、地域のスポーツ協会などでは重鎮扱いされる事が多く、校長先生をないがしろにするケースは多いです。また、学校でも校長など管理職がその指導方法に口を挟もうものなら「全国大会へ行けなくてもいいのか」などと恫喝まがいな事がまかり通り、それが長年続いていくとワンマンな指導がさらに助長されて行きます。

こういった件で校長先生から相談されることも、正直あります。

これは、典型的な目的と手段を履き違えているといえます。

学校での部活動は、教育の一環であり、生徒の教育・人格形成が目的であり、その手段として部活動が用いられるはずです。

しかし、全国大会へ行くために、本来手段である部活動が目的となってしまうので、体罰もエスカレートしていきやすくなります。

こういった現象が起きるのは、みな大人の都合でしかありません。

繰り返しますが、大人の都合で子どもを犠牲にする事はあってはならない事だと思います。

<追記>

その後、生徒が開いた記者会見はちょっと…。あれはないです、残念ですね。
あれ、やらせたのは誰なんでしょうね?
裏でこそこそ隠れていて、子ども使うなんてみっともないです、はい。

それと、この事件は結局これで真摯に原因を話し合い、二度とこのような事が起きないようにすることが今後できなくなりそうな気もします。一旦ここで幕引きみたいな雰囲気がありますから。

本来だったら、入試中止とかの前に、しっかりとした調査をし、議論を尽くすべきだと思います。そして、体育科だけの問題だったのか、当該高校全体の問題か、しっかりと結論を出さないと防止策もできないと思います。そうしないで、今後の学校のあり方を決める事って無理ですからね。

2013.01.16 Wed l 教育ニュース l コメント (0) トラックバック (0) l top
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