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防災と共に学校で重要なのが防犯です。防災と防犯が揃って、安全となります。

私は仕事柄いろいろな学校さんにおじゃましますが、訪問者への出入管理は、正直言ってこれでいいのかといつも考えさせられます。

多くの場合が、事務室で手続きをします。警備員室があるところや警備員さんがいるところもありますが、あまり多くはありません。

入校手続きの際、私は身分を証明できるものの提示を求められた事が今まで一度もないのです。

これには、この手の仕事を始めた頃は面喰いました。

私がどこの誰であるのかを証明することもなく、学校内へ自由に入ることができるのです。

例えば、企業であれば、訪問先では悪くても入口や受付で担当者が迎えに来るまで一歩も中には入れません。厳しいところでは、身分証明証を提示し、連絡のつく電話番号を受付で書きます。そして入館証をもらい、担当者のいる部署へ歩いていくか、担当者が迎えに来るまで待つこととなります。

退出の際も、退出時間の記入の他に、厳しいところでは持ち物検査まであります。小売店や量販店では、従業員の持ち物検査もあります。

学校でここまで厳密にやる必要は無いにしても、最低限訪問者の身分証の提示と確認は必要だと思うのです。

ある程度公共に開かれる性質が学校にはありますが、訪問者は誰でもノーチェックで入校できる現状のシステムでは、防ぐことができる犯罪も防げない状態になると危惧する次第です。

せめて警備会社を入れているのであれば、最低限の警備会社の仕事をさせるべきでしょう。
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2011.06.19 Sun l 学校の安全 l コメント (0) トラックバック (0) l top
私は、企業における様々な情報を取りまとめ、うえにあげるという職種を経験しておりました。そのため、平時並びに緊急時における情報の取り扱いについてそれなりの経験があります。

災害時の日本政府の対応を見ていると、もしかしたらこういう状態になっているのではないかという危惧があります。

それは、情報の受け取り手、つまりリーダーが情報について疎く、情報を上げる担当者がある程度情報をより分けてしまっているという事態です。

情報をより分けるというと、情報を扱う人間ですから、ある程度のより分けはします。ただ、程度の問題なんです。情報が大きくても些細なことでも、情報を担当する人間のフィルタを通すことなく、うえにちゃんと通る体質でなければ、緊急時に情報がすんなり上がってこないという事態が起こることもあるのです。

こういう職種を担当すると、情報の多さや重要性など分別してうえにあげることになりますが、次のケースに当てはまる場合、情報をうえに上げにくい状況が生まれます。

①うえの人が耳障りな情報を上げると、情報担当者が不利な立場になる。
②うえの人間が知ったかぶりをする。
③自分が重要だと判断した情報以外の情報には目もくれない。

これは平時の時からの習慣が大きく左右します。

私がこの職種を担当していた時は、企業にとってあまり聞きたくない情報であってもうえにあげるようにしていました。当然うえの人には嫌な顔をされます。もっと良い情報は無いのかと言われることもあります。でも、それが現実としてあり、現状把握や大きな決断をする際の判断材料になるのであれば、必要な情報と言えます。

また、些細であっても、当然うえの人も知っているであろうと思われる事柄であっても、報告として上げるようにしていました。これも、当然のように「そんなことは知っている」と言われることもあります。

うえに立つ立場の人が、広く情報をスムーズに受けたいと考えているのであれば、耳障りな情報、些細な情報に触れた時にも、普段と変わらず担当者への感謝を伝えることができれば、より多くの情報が集まるものです。

仮に、こんなことは知っている、とか、もっと(自分にとって)良い情報を持ってこい、という態度をしていたら、情報担当者が情報をより分けるフィルタの他に、うえに上げるためのフィルタを持ってしまう事になります。

そうなると、的確な判断が迫られる状況になった時に、間違った判断しか下せない情報しか集まらないことになります。

たかが情報と日ごろ軽んじていると、いざという時に大変なことになります。緊急時の情報収集は、平時の態度が最も重要となることを、リーダーは心得なければならないと思っています。
2011.05.02 Mon l 学校の安全 l コメント (0) トラックバック (0) l top
震災から1ヵ月、今謹んで亡くなった方々への哀悼の意と、被災された方へのお見舞いを申し上げます。

その震災から1ヵ月という時に、福島県の原発周辺地域では、20Km圏の外側の自治体に対して、計画的な避難がおこなわれるといニュースをみました。

この地域、特に飯舘村はIAEAから避難勧告を受けていたところで、政府筋は安全であるという言い訳で、避難を回避してきました。

ここに至ってのこの措置には正直言って、怒りすら感じます。今更こうなるのであれば、何故IAEAのいった事をすんなりと受け入れて避難させなかったのか、疑問でしかありません。

こうなっては、この国の政府は、この国の国民を守る気が1ミリもないのではと疑ってしまいます。

原発が危ないという状況になった時、危機管理の原則では、最悪の事態を想定して行動することになっています。つまり、事故発覚時点で、最悪の被害状況、例えばチェルノブイリ級を想定し、計画的かつ強制的な避難計画を立て、すみやかに実施すべきです。

私のような原子力について全くの素人であっても、情報を収集し、原子炉から半径50Kmは完全封鎖が望ましいと思えました。

こういう原則に速やかにのっとって行動するのは、やはりアメリカです。アメリカは80Km圏内にアメリカ人の立ち入りを厳しく制限し、軍関係者以外は近づかないように国民に指示しました。

80Kmは広い気がしますし、アメリカ国内でも大げさと言われましたが、最悪の事態を想定して行動するという原則からすれば、正しい指示命令であると言えます。

被害が無かった時は無かったということで、良かったね、と後々言いあえばいい話です。日本政府は、想定被害を最小限最小限に見積もるから、状況の変化に追いつけず、後から後から指示内容が変わってどんどん悪い方向へと進んでいきます。こうなると、情報への信頼度が段違いに薄れ、人は疑心暗鬼になり、二次災害、三次災害へと発展し、本来防ぐ事が出来た犠牲者が出てしまうのです。

アメリカ人がこういった危機的な状況の時に速やかな対応ができるのは、アメリカ軍の戦術思考にあります。これはアメリカ陸軍の士官学校で実際に教えられている事ですが、彼らは、戦術を立てる時、最悪の事態と最良の事態を想定します。そうすれば、起きる事はそのレンジの中に収まるという基本思考方法があります。そして、計画立案は必ず最悪の事態に添うことになっています。

日本の場合、最悪な事態を想定して大げさな行動をすると、その想定程の被害が出なかった時に決断者は非難される事さえあります。こういった事は厳に慎むべきだと私は常々思っています。何もなかった事は良かった事だと思えばいいだけのことで、最悪の事態を想定した行動はなんら非難される事は無いのです。しかし、この悪しき伝統が、決断者の決断を鈍らせている事も確かです。

今、東京都では、毎日のように地震が来ます。ここのところ少し大きめの地震がまた来るようになりましたが、多くの人は、また地震か、ぐらいにしか思わず身を守ることを怠っています。確かに身に危険が及ぶほど大きな地震は東京都には来ておりませんが、この状態は実は一番危険な状態です。たいしたことがない、と気を抜いている時に大きな地震が来たらその被害は尋常ではなくなるでしょう。

だから、こういった時だからこそ、最悪の想定をした行動をしなければならないと強く思うのです。

学校であれ企業であれ、被災する時は被災します。その時リーダーは最悪な事態を想定した危機管理の決断ができるかどうか、これが救える命を救う分かれ道になると思います。
2011.04.12 Tue l 学校の安全 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ここのところ、報告会などで訪れる学校さんでは必ず震災の話から入ります。

当たり前と言えば当たり前ですが。

その中で、今までの防災マニュアルが全く役に立たなかったというお話を伺う事が多いです。

首都圏で言えば、公共交通機関がストップし、通信網が遮断された状態で、生徒の帰宅判断や保護者との連絡に不都合が生じてしまったというお話しがありました。

企業でも社員を帰宅させるタイミングや帰宅させない判断なども会社によってまちまちだったようです。

今回のような広範囲の被災の場合、こういった特殊な事が起きるのだという事がわかったわけです。こういった種類の災害に対して、どう対処するのかというのは想定すらしていなかったようで、校外学習の生徒の引率に忙殺された先生のお話しを聞くと、頭が下がる思いです。

今回の震災で、我々は多くのことを学ばなければならないのかと思います。

これを教訓として、防災マニュアルの再構築は急務かと思いますので、そういった事もお手伝いできます。お気軽にメールください。
2011.04.04 Mon l 学校の安全 l コメント (0) トラックバック (0) l top
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100930-00000118-jij-soci
鼻、口おさえ、生徒失神させる=男性教諭を戒告処分―横浜市教委
 横浜市教育委員会は30日、理科の授業で「呼吸の大切さを教える」として、生徒の鼻と口をふさぎ失神させた市立山内中学校(同市青葉区)の男性教諭(50)を戒告処分にしたと発表した。


このニュースを見て、正直信じられない事が起きたものだと思ってしまいました。
教師たるものが、呼吸器を塞ぐ事がどれだけ危険かわからないのかと思ってしまいます。

柔道など、締め技のある武道・格闘技でも、呼吸器をふさぐのは禁じ手である場合が多いです。アマチュアは完全に反則です。一部のプロでもない限り、ダメです。それぐらい危険なのです。

締め技は、基本的に首にある頸動脈を締めつけます。これは、うまい人がやると喉元はほとんど締まらず、呼吸ができる状態で、眠るように落ちて(気を失って)いきます。私も何度も締めたり落とされたりということをして、経験済みです。そのまま絞め続けると当然死に至りますが、その前に緩めて活を入れれば問題ないです。私が指導者をしていた頃は、締め技に入って5つ数えても落ちなければ締め方が悪いから技を解くようにと指導していました。それぐらい締め技の指導は指導者も気を使うものです。

しかし、呼吸器の場合、ショックによりすぐに死亡するケースがあります。人は肺で呼吸ができなくなるととんでもないパニックに陥り、一層危険な状態になることを認識しなければダメですね。また、気を失ったとしても、活をちゃんと入れる事が出来なければ死ぬケースもあります。

柔道の場合、締め技、関節技は高校生からでなければやってはいけないはずです。これは身体の発育上、締め技や関節技は、小学生や中学生には好ましくないとの判断からです。実際、締め技は一定時間脳への血流を止めることになるので、脳細胞が死ぬという説もあり、練習でもそうそうやっていいものではありません。呼吸器を塞ぐのも同様で、一定の時間脳への酸素供給を著しく減らすわけですから、身体に良ことがあるわけありません。

このケースは、呼吸器官を故意に塞いだという事で、殺人未遂として告訴されても文句は言えないぐらい酷いです。実際脳細胞は死んだ可能性がありますし、後遺障害が出ないとも限らない程危険な行為です。中学生である事を考えればなおのことです。

今回はたまたま死者は出なかったので良かったのですが、最近こういった学校にまつわる不思議な事件・事故・不祥事が多すぎる気がしてなりません。大勢の立派な教師がいる中、こういう事だけがクローズアップされすぎているのかもしれませんね。
2010.09.30 Thu l 学校の安全 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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